« Another Editionという意味 [1] | トップページ | キャラクターモデルの可能性 »

2008年6月14日 (土)

Another Editionという意味 [2]

 

「聖戦士ダンバイン」 放映直後のインタビュー記事で富野監督自ら「失敗作」と言い放たれた作品である。

メインスポンサーの倒産、スタッフの才能を引き出せない総監督、SF・スペースオペラばやりの時代になじみの無い異世界ファンタジー。多くの失敗要因は考えられる。

しかし何故?今日ほどで無いにしろ多くのアニメ作品がつくられ消費され、忘却の海に沈められていたのに、この作品「聖戦士ダンバイン」は語られ続けるのか、自ら失敗作と語る作品世界「バイストンウェル」を舞台に富野監督は作品を作り続けるのか・・・・・・。

 物語とは寓話であり、そこに現れる存在は偶像である。それはイメージに裏打ちされ記憶される。例え真実の物語だとしても砂漠に生まれた救世主も欧米人に愛されるうちに痩せた白人の姿となる。この様な豊かなイマジネーションこそ人々の心を掴むのだろう。

 アニメ作品の多くは、その作品に関連する商品の売り上げ利益を見込み制作される。グッズを売る為の方法は既に確立しそれを巧みにカモフラージュする方法も現在は確立している。ならば30分のCMを毎週電波にのせればいいのだろう、しかし業の深い作家はその業に溺れてしまう。ヒーローロボットというガジェットを使い刺激的なアクションを繰り広げれば良いだけのロボットアニメに無用とも言える付加をかける、負荷と言っても良いだろう世界観の創造などは最たる物か。作家は時として創造主を気取りアレヤコレヤと自らの作品に盛り付ける、しかしその重荷こそがイマジネーションを育むのである。

「聖戦士ダンバイン」という作品の魅力はそのイマジネーションの豊かさにあると思う。奇妙な巨大生物や羽のはえた小人、非工業的に制作された戦闘ロボットetc.、当時としては早すぎたのかもしれないが魅力的なガジェッットに溢れている。

BillVine AnotehrEdition

Billbine01

そのデザインにおいてビルバインの悪名の高さは、今更言うまでもない。
これ以後伝統となる、主役メカの交替は初の「戦闘メカ ザブングル」にては、ザブングルタイプと他のウォーカーマシンのデザインのギャップを埋める意匠を持ったウォーカーギャリアの登場だったが。ビルバインはその逆で他のオーラバトラーとはかけ離れた意匠でありその存在は世界観を破壊するほどのパワーだ。
そんなビルバインの意匠をどうにかしたいと思うのはバイストンウェルに心奪われた人の性か・・・・。

Billbine この ビルバイン アナザーエディション も、その様な思いに突き動かされている事は否定出来ない。イベント申請時にはオーラファンタズムのヴェルビンでのエントリーだったのだがそれが通らなかった経緯を持つのは背面の背びれ部分で見て取れるだろうか。
事実上は ヴェルビン アナザーエディション として造形意匠を作っている。
オーラファンタズムが連載されたのは80年代後半。当時のキャクターロボットのデザインはバブル時代を反映してか過剰な突起物、大きな足に広い肩と正にバブリーな意匠が好まれていた。絶妙なパースの付いたアニメ作画がもてはやされていたのも付け加える事が出来るだろう。しかし、それらは絵で見らることが前提であり、その意匠を立体に表すには視点の方向を固定する必要がある。
ついでに言えば大きな肩幅や長いつま先は立体感としてのアンバランスの要因にもなる。
現在のアニメはCGが使われメカデザインなどは正確な形状が描かれる。妙なパースや透過光の演出で「カッコイイ」などと思わせるのは時代遅れと感じてしまうのは禁じえない。
2Dのアニメに置いても正確なカタチを求めるのなら立体作品でもしかるべきだろう。リファインとの名目で過去のアニメキャラクターのデザインに手を入れて造形製作されるのが当たり前となっているが、その多くは立体としての整合性をとる為だが、中には可動箇所のクリアランスを広げる為だけに行われるケースも見られる。それはバージョンアップとされ繰り返しされ続けるのだろう。

Billbine03

では、「アナザーエディションとはいかに?」と問われれば、アナザーとはもう一つの価値観を表す。エディションは付け足しの改良では無く異なる存在。要するに「異なる価値観を持つもう一つの存在」とでも言おうか。
「アナザー~」と言うと「アナザーアギト」から頂戴したと勘ぐる人もいると思うが、もう一つの価値と言うのは飯田譲治監督の「アナザヘブン」から頂いた。

Billbine06_3 「ビルバイン」の話に戻ろう。事実上「ヴェルビン」が出発点な訳だが、前述の通り、今日の目線で見るとキツい部分が多く見られる。まず線画で見るとデティールの密度のバランスがまばらである、頭部周りの線の多さに対し足首辺りだとデティールがめっきり減ってしまう。
アニメの作劇は顔のアップを含め、ほぼ上半身のアクションで語られる。故にロボットキャラクターも上半身や顔のデザインが重要となる、顔から始まり末端部分に行くに従いデティールが減少していく、これは「マジンガーZ」や「機動戦士ガンダム」などアニメロボットキャラクターの伝統でもあるだろう。次に、その上半身のデティールの多さから、そのまま立体化すると肩幅が広くなりすぎ、そのバランスを取る為に足を延ばしたり末端を大きくしたり、それにより各部の整合性がガタガタに・・・・なんて事に成りかねない。
などと、論じた所で所詮、ガレージキットと言う限られた趣味の世界である。数万人のお客にアプローチしなければ成らないインジェクションキットとは違い深い熟慮よりも、思いつき一つでどうにでもなるものである。
リドリー・スコット監督「グラディエーター」を観た時にローマ式甲冑で行けないか?と思いついた。肩の装甲を重ねる事で懸念の肩幅が解決するのではないか!幸いにも「オーラファンタズム」に描かれるオーラバトラー達は作者である出渕裕氏の趣味が炸裂しファンタジー色や甲冑趣味が多く取り入れられている。
装甲を重ねるというアイデアも平面ブロック構成のモビルスーツやニョキッと腕の生えてるスタジオぬえのデザインでは無理かも知れないが甲冑的デザインなら可能となる。
一部ではあるがこんな感じで「アナザーエディション」は創造されている。

Billbine04 言うまでもない事かも知れないが筆者は、キャラクターモデルの造形に可能性を求めている。それはアニメグッズ以上の価値を持つことを望んでいるからだが。
造ったモノが力を持った戦士の意匠であれば・・・
「鎌倉仏師の仏像を観て東国の武士が奮い立った」逸話のように、見る者に勇気や活力を与える様なモノを創造したい。




|

« Another Editionという意味 [1] | トップページ | キャラクターモデルの可能性 »

模型造形」カテゴリの記事

コメント

今回のブログは、大変興味深く読ませていただきました・・・

深い・・・深いっす。

最後の一文、『見る者に勇気や活力を与える様なモノを創造したい。』
には只々痺れました・・・

これからも、そんな作り手の気持ちに触れながら
作品を見て感じて完成させたいですね・・・

少しながら『アナザーエデッション』の意味に触れた気がします。

これからも、素晴らしい作品の数々を期待しております!
(入手できるかは運次第ですけど・・・それも頑張りたいです。(笑))

投稿: AIR | 2008年6月16日 (月) 21時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1003467/21562073

この記事へのトラックバック一覧です: Another Editionという意味 [2]:

« Another Editionという意味 [1] | トップページ | キャラクターモデルの可能性 »